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宮崎地方裁判所 昭和47年(行ク)3号 決定 1972年9月25日

申立人

関岡義昭

右代理人

鍬田万喜雄

被申立人

宮崎県教育委員会

右代表者

大野直数

右代理人

殿所哲

主文

一、本件申立を却下する。

二、申立費用は申立人の負担とする。

理由

一、申立の趣旨および理由の要旨

<省略>

二、被申立人の意見<省略>

三、当裁判所の判断

(一)、本件一件記録によれば、申立人は昭和四三年五月被申立人によつて宮崎県公立学校用務員として採用され、宮崎県立水産高等学校所属の実習船「進洋丸」の甲板員として勤務していたものであること、右進洋丸の航海中における船員同志の喧嘩が原因となつて喧嘩の当事者である申立人は、相手当事者二名とともに昭和四七年七月一六日清水市三保の三保造船所において、事情聴取のため宮崎より急拠来所した右水産高校校長須藤直に対し書面による退職願を提出して下船し、以後勤務関係から離脱したこと、右須藤校長は船長に対し申立人に代る乗船員を現地で雇い入れるように指示して宮崎に戻り、同月二〇日午前中に三保にいる船長より漆畑正貴を申立人の代りに現地採用し乗船させることにしたとの連絡を受け、同日午後に被申立人に対し右退職願を提出したこと、申立人は同月二二日になつて退職願の撤回を決意し同日夜立寄先の大阪から串間市の実家に電話し、母関岡さつきに対して須藤に退職願を撤回したい旨伝えることおよび宮崎県高等学校教職員組合からも被申立人に退職願を撤回する旨通知してもらうよう連絡することをそれぞれ依頼したが、それだけで、自ら須藤校長や被申立人に撤回の意思を伝えることも、また勤務関係に復することもしなかつたこと、申立人の右依頼により翌二三日関岡さつきが須藤に対して電話にて申立人の退職願を撤回してもらえるよう取計つてもらいたい旨依頼したこと、これに対して須藤が事情を聴取したいので来校するよう求めたが関岡さつきはこれに応じなかつたこと、同月二四日には関岡さつきが前記教職員組合書記局に前記申立人の依頼の趣旨を電話したこと、同日委員長中小路安行は被申立人教職員課第一人事係長東兼道に電話で申立人の退職願を撤回する旨通告したこと、被申立人は同月二四日に申立人の退職承認を決定し、同月二六日付で本件依願免職処分を発令し、右辞令は同月二八日申立人に送達されたこと、の各事実が一応認められる。

(二)、ところで公務員の退職願とかその撤回は、当該公務員の身分関係に変動をもたらす重大な事柄であつて、それらを行使することは一身専属的性質を有するものである。従つて任免権者においても公務員よりなされた退職願の撤回の取扱いについては十分慎重かつ確実を期すべきは当然であるけれども、一方退職願を撤回せんとする公務員も信義則上任免権者において当該公務員の真意を容易・確実に把握しうるだけの確実かつ明確な表示により、しかも相手方もしくは第三者に不測の損害を与えない時期においてこれをなすことが要求されるものと解する。

従つて代理人による退職願の撤回が許されないことは勿論であるが、当該公務員のなした退職願撤回の意思決定に基づき、いわゆる使者たる第三者が右撤回意思を任免権者にもたらすことによつて当該撤回の意思表示を完成せしめんとする場合には完成された書面による撤回願を使者が持参するのなら格別、口頭による使者では表示上確実性・明確性を欠き撤回の効力を生じないものと解される。また退職願の撤回は退職発令が効力を生ずるまでの間なら何時でもなしうるのが原則であるけれども、右退職願の有効なことを前提にして新たな関係が形成されその撤回を認めたのでは相手方もしくは第三者に不測の損害を与えるような段階になつてからの撤回は信義に反し無効のものと解される。

(三)、そこで本件についてこれをみるに、前記のとおり申立人は撤回の意思決定をしたものの、被申立人に対する申入れは使者たる関岡さつきや中小路安行を介するもののほかしていない。しかも同人らはいずれも電話で須藤や被申立人に申立人の撤回意思をとりついでいるにすぎない。そして申立人は右以外には、離脱した勤務関係に復帰するなどの方法により退職の意思のないことを行動で示したりして関岡さつきや中小路安行の申入が申立人の真意に基づくものであることを被申立人に納得せしめて、表示を完成させるに足る適切な手段を、本件免職処分の発令にいたるまでまつたく講じていない。本件記録によるも申立人において右措置をなすことが著しく困難であつた事情は見出し難い。

他方、被申立人側においては、申立人の退職願が確定的なものであると信じて申立人が退職願撤回を決意する以前に申立人に代る乗組員を乗船せしめているのであり、ことがただちに航行を続行すべき船の船員の補充ということであるから、それも当然のことであつて、退職願を提出して下船してしまつた申立人において非難しうるかぎりではない。

そうとすれば申立人の退職願撤回の意思表示はその表示行為において確実性・明確性を欠き、また時期的にも申立人に代る乗組員を乗船させた後であつて信義に反するものであるから無効というべきである。

以上のとおりであつて被申立人のなした本件依願免職処分は適法である。

(四)  そうすると本件申立は行政事件訴訟法第二五条第三項の本案について理由がないとみえるときに該当するから、その余の要件について判断するまでもなく、失当として却下することとし申立費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり決定する。

(舟本信光 笹本忠男 浜崎浩一)

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